ソ連空挺軍 RD-54 空挺背嚢 (実物)

ソ連空挺軍の兵士が戦場に関わらず大抵背負っている特徴的なアイテム、それが「RD-54空挺背嚢」です。

かなり昔から運用されている装備で、RD-54と言う位ですから、1954年制式なのでしょう、多分(憶測)

現在でも製造されており、素材はナイロンに、色は迷彩柄に変更されつつ、ロシア連邦軍でも使われ続けています。

 

 

以前から欲しかったアイテムでしたが、幸運にも新品・未使用の個体を入手できました。

RD-54は「背嚢」「マガジンポーチ」「グレネードポーチ」「ショベルケース」の4点で構成されています。

デッドストック品という事で、欠品しがちなショベルケースも付属しており一安心です。

 

 

背嚢内部には、画像のように書類も入っており、ちょっと得した気分です。

 

 

RD-54の各ポーチの内、ショベルポーチのみ独立していますが、その他ポーチ類は背嚢とストラップで連結されており、取り外すことはできません。

 

 

着装の際には背嚢を背負い、ポーチのループに装備ベルトを通して固定しますが、多くの場合、背嚢を背負うだけでポーチ類はベルトに通さずブラブラさせています。(要するにポーチとして使っていない)

またショベルケースに至っては、使っている所を見た事がありません。

ショベルは背嚢に突っ込んでいる事が多く、上蓋の隙間から木柄が飛び出している状態がしばしば見られます。

 

 

マガジンポーチには「AK-47」や「AK-74」のマガジンが2本収納できます。

AKのマガジンは収納できるものの、歩兵用マガジンポーチに比べると寸法的にタイトな作りなので、マガジンの出し入れはかなり面倒です。

 

 

マガジンポーチ裏面にはベルトループがあり、装備ベルトを通して腰に固定します。

ソ連軍をはじめ、社会主義圏ではオーソドックスな装備方法です。

 

 

マガジンポーチに限らず、RD-54の各部のフタの開閉にはトグルボタンが使われています。

同型のトグルボタンは、第二次世界大戦以来ソ連軍装備ではポピュラーな構造で、社会主義圏の同盟諸国でも同様の構造が広く見られます。(中国人民解放軍のAKチェストリグなど、特に有名ですね)

RD-54のトグルボタンは戦後装備品によく見られる樹脂製で、ナイロン製のボタン用ループとの組み合わせになります。

 

 

グレネードポーチにはハンドグレネードが2個収納できます。

私はF-1手榴弾とRGD-5手榴弾のプラ製モデル品を収納しています。

使用した手榴弾は分解できない為そのまま収納していますが、実際の運用では信管を外して、弾体を二つのポーチに入れ、ポーチ中央の隙間に信管を挿し込んだ状態で携行します。(使用直前に手榴弾を組み立てるわけです)

 

 

グレネードポーチは蓋を留めるトグルボタンの固定が非常に硬く、開け閉めに苦労します。

恐らく空挺降下時の脱落事故防止のために意図的にきつめに縫製してあるのでしょうが、個人的には実用性に疑問を感じるレベルの使いにくさと感じました。

 

 

RD-54システムの中でも、特に扱いが微妙なショベルケースです。

マガジンポーチやグレネードポーチと違い本体とは別に単体で存在する為か、中古放出品では欠品していることもザラな、極めて存在感の薄いアイテムです。

 

 

ソ連軍の一般的な携帯ショベルを収納した場合、画像のように突端が干渉するため、相当無理をしないと蓋が閉められません。

 

 

本来は空挺部隊向けに支給されている先端の四角いショベルを収納するようですが、私は所有しておらず歩兵部隊用で代用しています。

 

 

イラストは、標準的なソ連空挺軍兵士の装備です。

RD-54と空挺降下服の組み合わせは、東西冷戦時代全期間を通じて、ソ連空挺軍の訓練・演習の映像で見られます。

イラストでは、落下傘降下を想定して降下帽を被っていますが、降下後は空挺ベレー帽に替えたり、降下服も襟章・肩章・袖章などの徽章を縫い付け、開襟で常勤服のように着こなす例も多く見られます。

また、実戦場である1980年代のアフガニスタン派遣部隊では、「KLMK」や「KZS」などの迷彩カバーオールや、「アフガンカ」「ゴルカ」等の被服と組み合わせた様々な着こなしが見られます。

 

 

右肩には筒状の袋が縫い付けられています。

はじめは使い道が分からず、フレア(信号弾)でも収納するのかなと思っていましたが、右肩の疑問の回答はRD-54の構造にありました。

 

 

イラストのように、右肩の袋は、逆さに装着した携帯ショベルの柄が収まるんですね。

降下後は、装着位置を背中に戻して、ショベルも柄を下にしてベルトに付け直すようです。(実戦ではとてもそんな余裕はなさそうですが…)

RD-54は、空挺降下時にはストラップを調整して、装着位置を大きく変更できます。

やたら調整幅の広いストラップなのは、そのためだったのかと疑問が氷解しました。

 

 

RD-54の背嚢本体は、中にワイヤーフレームが内蔵されており、中身がカラでも型崩れしません。

詰め物いらずでサバゲーマーにはありがたい仕様ですが、戦場の兵隊さんには容量の面で不評だったようで、アフガ二スタンの戦場写真では様々な個人改造品が見られます。

蓋の固定は、ポーチ類同様トグルボタンで行います。

かなりタイトな作りなので、少なくとも不意に開くようなことは(ボタンが取れてしまわない限り)ないでしょう。

 

 

背嚢の蓋は画像のように三重構造という念の入れようです。

落下傘降下を前提とした空挺装備ならではの作りですね。

 

 

鳩目穴からナイロン紐を引っ張り出し、荷物を縛着します。

RD-54の背嚢各部には鳩目穴があり、ここから内蔵のナイロン紐を引っ張り出して「パラトカ(ポンチョ)」をはじめとする必要な装備品を縛着することが出来ます。

このRD-54は未使用品のため、ナイロン紐は破損もなく、先端に(恐らくほつれ防止の)グリスが塗りこんであります。

素材や構造からして、重量物の固定には不安のある部分であり、中古放出品ではナイロン紐が欠損しているものも少なくないようです。

 

 

画像素材調達後、ウェブ検索による情報収集で判明した、ソ連軍規定図によるパラトカの装着要領です。

この図説を見るまで、逆Uの字型に縛着するとは知りませんでした。

見れば納得の構造ですが、頭だけでは思い至らず、目から鱗とはこの事かと、図説を見て思い知りました。

 

 

いろいろと機能面を考えて作られているRD-54ですが、アフガニスタンに代表される実戦の場ではもっぱら単なる背嚢としてのみ使われたようで、マガジンや手榴弾はそれぞれ一般歩兵用ポーチを追加で携行したり個人でチェストリグを調達したり、戦闘服のポケットを利用するなどして持ち運んでいたようです。

実用面ではクセのある装備品ですが、相応の評価はされているようで、小改造を含みつつも現在も生産・配備が続けられている事もあり、コレクションとしても魅力的なアイテムだと思います。

 

 

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