北ベトナム軍 歩兵装備 [ベトナム戦争・中期]

ベトナム戦争当時の北ベトナム軍(ベトナム人民軍)歩兵装備です。

画像の装備はベトナム戦争中期頃を想定しています。

 

 

背中には中国製を模倣したベトナム製の軍用リュックサックを背負っています。

リュックサックの蓋の部分にある円形の物体は擬装ループで、この隙間に草木を挿し込んで擬装します。

 

 

サバイバルゲームを前提にして装備している為、鹵獲品という設定で米軍のコルト45ホルスターとピストルマガジンポーチを装備ベルトに吊っている為、実際の当時の兵士よりも重装備になっています。

 

 

AK用マガジンポーチはショルダーバッグ・タイプです。

ベトナム戦争前期から中期頃までは、カーキ色の装備品が多く使われていました。

なお、銃身を握って肩に担ぐスタイルはベトナム人民軍特有の銃の運び方のようで、良く見られるスタイルです。

 

 

K58軍服のズボンですが、細身のベトナム人のスタイルに合わせてあるためか、ウエストは丁度良いのですが姿勢によっては股の部分が裂けそうで冷や冷やします。

 

 

右腰には手榴弾ポーチをたすきがけしています。

手榴弾ポーチはベトナム戦争中期頃まで多用された2連タイプで、のちに4連タイプも見られるようになります。

 

 

背面中央付近にはファーストエイドポーチ、その隣の水筒はソ連型で、カーキ色カバーに収納してあります。

北ベトナム軍のファーストエイドポーチは各種ありますが、このタイプは防水ビニール素材で作られており、縫製がしっかりしていることから、恐らく中国製の供与品と思われます。

 

 

マガジンポーチは腰のベルトループとショルダーハーネスで装着するスタイルで、AK用マガジンが5本収納できます。

北ベトナム軍といえば中国製56式チェストリグが思い起こされますが、あのスタイルはベトナム戦争でも後期に若干の使用例が見られる程度で、ベトナム戦争期間の大半は画像のようなウエストポーチスタイルが一般的だったようです。

 

 

北ベトナム軍の特徴とも言えるサンヘルメットは、「ムゥ・コーイ」と呼ばれます。

 

 

画像はネットとカモフラージュ布の端切れで擬装した状態です。

 

 

ムゥ・コーイは厚紙を樹脂で固めてプレスした後、綿布を貼り付けて作られており、防弾機能は全くない純然たる防暑帽です。

非常に軽量で通気性もよく、ブッシュハットと共に北ベトナム軍で多用されています。

内装はかなり簡素なつくりになっています。

 

 

リュックサックは中国製の供与品を元にベトナム国内で模倣製造された物です。

ベトナム戦争中期頃だとカーキ色のものが主流ですが、残念ながら私は濃緑色の物しか持っていません。

 

 

擬装ループに草木を挿し込んだ状態です。

ちょっとした活け花状態ですね。

 

 

擬装ループの隙間に草木の塊を突っ込む形になる為、かなりの量の草木を装着できます。

 

 

擬装ループ自体は、麻紐を使ってリュックの肩紐等に引っ掛けています。

 

 

戦闘態勢の北ベトナム軍兵士の出来上がりです。

 

 

リュックサックの草木はかなりのボリュームになりました。

 

 

ブッシュに伏せた状態なら、擬装効果は相当期待できそうです。

 

 

こちらはベトナム戦争後期から終戦時期の北ベトナム軍兵士の一例です。

中国製、およびそれを模倣したベトナム製のチェストリグを装備しています。

チェストリグはベトナム戦争中は主に「南ベトナム解放民族戦線(いわゆるベトコン)」で多用されていましたが、戦後はベトナム人民軍でも一般化しはじめ、現在に至るまで歩兵の基本装備として用いられています。

 

 

リュックサックは背負わず、米袋をたすきがけしています。

手榴弾ポーチはベトナム戦争後期に多く見られた4連タイプ、水筒カバーは濃緑色で、カップが内蔵されたタイプです。

 

 

武装は先に紹介した中期型装備同様、「AKS-47」もしくは「56-1式小銃」、想定は1975年、米軍が撤兵した後の攻勢時のイメージです。

 

 

北ベトナム軍もこの頃には、カーキ色の軍隊からすっかり濃緑色の軍隊に様変わりしていました。

 

 

最新情報をチェックしよう!