日本陸軍と同型の民間ガスマスク ~ 防空用防毒面・団用一号甲型 (実物・民生品)

第一次世界大戦以来、各国軍では化学兵器に対する備えが必須となり、個人装備にガスマスクが常備されるようになりましたが、日本軍も例外ではなく、多くの戦場において雑嚢・水筒・鉄兜と同じ位ガスマスクを携行する姿が見られます。

近年の戦争映画や終戦ドラマでは大抵存在を無視されていますが、「兵隊やくざ」等の古い時代の作品ではしっかり被甲嚢を装備しています。

 

 

日本陸軍のガスマスクの開発・配備は「八七式」「九一式」「九五式」「九九式」と続けられましたが、最も一般的なのは「九五式被甲」です。

実物は保存状態の良いものは希少かつ高価で手が出ません(入手しても勿体無くて使えない)

いっぽう、戦時中に市販されていた民間向け防毒マスクは、比較的保存状態の良いものが割とお手頃な価格である程度安定流通しています。

 

 

民生品として製造・販売されていた防空防毒面には、フィルター直結型の「十二年型市民防毒面家庭用」、本体が綿布製の「十六年式防空用防毒面」、以前紹介した「十七年式防空用防毒面」等、多数存在しますが、今回紹介する物は「防空用防毒面・団用一号甲型」で、外見は陸軍の「九五式被甲」とほぼ同型で、当時品としては価格も手頃なため、代用品として入手しました。

 

 

この防毒面は、他の民生品と比べると作りが格段に違います。

これは推測ですが、製造は軍用向けと同じ製造ラインじゃないでしょうか。

恐らく、吸収缶の中身に軍用・民間用で違いがありそうです。

 

 

目硝子(レンズ)の状態はヒビ割れもなく概ね良好です。

航空眼鏡のようにゼラチン質をアクリル板で挟んでいるのか、内部が少し劣化したような部分があります。

 

 

旋毛板(ヘッドレスト)は本体同様ゴム引布製で、締紐(ヘッドストラップ)はゴムを布で覆った物で、時代相応にくたびれてはいるものの、着装可能な程度の柔軟さは残っています。

 

 

締紐の構造は5点支持スタイルで安定した着装が可能です。

 

 

金具類は総じて茶褐色に塗装されています。

 

 

覆面(面体)は表側はゴム引き布と思われる繊維的な質感ですが、裏面はゴムそのもの。

軍用品は裏面の構造が民生品とちょっと異なるようです。

 

 

排気弁は金属製(おそらく鉄製)で茶褐色塗装されています。

現物は塗装もよく残っており、錆も無く良好な状態です。

 

 

ある意味、ガスマスクの最も重要な部品である吸収缶です。

 

 

まさに中身の詰まった「缶」そのもので、割とずっしりくる重量感があります。

本体は茶褐色塗装されていますが、ほかにも無塗装銀色や濃緑色などのバリエーションがあるみたいです。

 

 

吸収缶本体には紙ラベルが貼られており、一目で民生品とわかります。

「内務省検定済」の名称に時代を感じますね。

 

 

吸収缶と連結管は止め金具で固定します。

常に止め具で押さえ込むテンションが掛かっているので、外れるような事はないでしょう。

 

 

止め具は破損もなく、現在でも充分に可動します。

結んである輪ゴムの状態が大変よく、現代の輪ゴムと同じ作りなのが地味に感動です。

 

 

一方、面体と連結管はボトルキャップのように締め込み固定です。

軍用品では、この部分の密閉処理がもっと徹底しているようです。

 

 

吸収缶の底には吸排気弁があり、ゴム栓が付属しています。

全体に保存状態の良い個体ですが、さすがに吸収缶内部のフィルターは経年劣化や保存状態が不安ですね。

 

 

外から見る限りではフィルターの素材や構造は知る由もありませんが、ネットで見聞した情報によると火災時に使用すると科学反応で吸収缶がひどく加熱するそうです。

 

 

戦時中の日本陸軍のガスマスクには、「九五式」と「九九式」の二種類がありますが、主にフィルターの濾過能力に差があるようで、ガスマスク本体の形状は同一のようです。

それぞれ専用の被甲嚢(ガスバスクバッグ)も作られており、若干細部が異なります。

 

 

こちらは「九九式被甲嚢」で、海外の複製品になります。

 

 

被甲嚢の負紐は素材・質感とも雑嚢の物とよく似ています。

被甲嚢は、通常はたすき掛けで携行します。

 

 

使用時には負い紐の根元の丸ボタンを使い、負紐を短くたくし上げて、被甲を着装します。

 

 

たすき掛けした被甲嚢は、腰紐で胴体に結わえ、バタつかないように固定します。

紐自体はただの切り飛ばした板紐で、金具類はもとから一切ありません。

 

 

被甲嚢の内部も実物に忠実に複製されています。

左の物入れには「手入れ布」を収納し、右のボタン付きポケットの中には「曇り止め板箱」と「不凍液缶」を収納するそうです。

 

 

内部には仕切りが縫い付けてあり、それぞれのスペースに吸収缶と面体を収納します。

 

 

吸収缶収納位置内部には、底の部分に吸排気スペース確保用の吸収缶台が縫い付けてあります。

資料によるとこの台座は「九五式」特有の物で、「九九式」では形状が変更されています。(つまり、考証面の複製ミス?)

 

 

日本陸軍の被甲嚢は、諸外国の同種のバッグと比べてもコンパクトに出来ており、携行するには便利ですが、少々窮屈なようで、防毒面の収納には苦労します。

綺麗に収納するにはコツがいるようで、うまく位置決めしないと蓋も締まらず、そうでなくても防毒面自体が年代物なので、ゴム引き素材が破損しないよう取り扱いには特に気を使います。

 

 

通常携帯する際の被甲嚢の位置です。

右肩から左腰に向けて負紐でたすき掛けし、腰紐で固定します。

ソ連軍や東欧各国軍と同様の携行方法ですが、日本軍の被甲嚢は殊更コンパクトに出来ているので、割合邪魔に感じることはありません。

 

 

ガス攻撃が想定される状況での位置です。

まず被甲嚢の負紐を短い状態に調整しておき、首から胸に掛け、腰紐で固定します。

前述のソ連軍等と違いホースの連結距離が胸から口元までと短くて済むため、取り回しは良いです。

 

 

民生品に付属していたオリジナルの収納袋です。

 

 

基本的な構造は軍用品と同様のつくりですが、若干簡略化されたような印象です。

 

 

戦時中の実物だけあって、素材や色味・縫製など非常に良い風合いです。

 

 

収納袋の寸法も軍用品とほぼ同型で、やはり防毒面の収納はキツキツです。

 

 

コレクション保管時には、袋に入れない方が賢明でしょうね。

 

 

軍用の被甲嚢との最大の違いは、吸収缶の吸排気口付近です。

 

 

軍用品では下駄を履かせて空気の通り道を確保していましたが、民生品では直接袋に穴を開けて対処しています。

軍用品ほど過酷な環境で酷使されない民生品ならではの作りですね。

 

 

被甲着装状態です。

経年劣化のせいか防毒面のレンズが急速に結露してしまい、装着して10秒もしないうちに曇りで視界が遮られてしまいます。

コスプレ撮影ならともかく、実戦(サバゲー)での使用は無理そうです…。

 

 

くたびれた面体をいたわりながら装着しているため、かなり緩めに被っています。

 

 

実際には、もっとストラップを締め込んで密着させないとガスにやられてしまうでしょうね。

 

 

被甲嚢の携行の様子です。

正規の携行位置になるよう意識してみました。

行軍時には特に問題ありませんが、匍匐前進などの戦闘行動では取り回しが悪いのが気になります。

 

 

戦場写真などで確認できますが、被甲嚢は実戦場では行動の邪魔にならない位置に携行していたようで、画像のように後ろ側にどかしている様子もよく見られます。

 

 

「状況、瓦斯!」を想定した戦闘状況です。

 

 

吸収缶が独立している隔離型のおかげで、小銃の頬付け射撃も難なく出来ます。

 

 

また、被甲嚢は胸掛け式の携行により、脇周辺がフリーになるので取り回しも楽です。

 

 

実際に着装して動いてみると、日本陸軍の創意工夫ぶりが実感できます。

 

 

サバイバルゲーム的な意味では実用性は希薄ですが、軍装コレクターとしては外せない一品と言えましょう。

結果的に、バッグの詰め物としては神経を使いすぎるアイテムになってしまいましたが、貴重なコレクションですので、いたわりながら愛蔵していこうと思います。

 

 

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