ドイツ国防軍 M41 HBT製 夏期野戦服 (カンプバタリオン製・複製品)

ドイツ国防軍の「M41夏期野戦服」です。

本来、WW2ドイツ軍の野戦服はウール製のみでしたが、戦線の拡大にともない、特に暑いロシア南部地方等に展開する部隊向けに、コットン製野戦服が採用・支給されました。(時期的には1942年中旬以降と推定)

 

 

基本はHBT(ヘリンボンツイル…杉綾織り)リードグリーン色の生地で、ウール製軍服に準じたデザインで縫製されています。

ただ、ドイツ軍装ガイド等を見ると、フィールドグレー・コットン製や、戦利品のロシア製オリーブグリーン・コットン生地で作られた物もあり、制式のウール製軍服に比べ、バリエーションが豊富です。

 

 

襟を閉じた状態です。

今回紹介する物は、ドイツ軍装専門ショップ「カンプバタリオン」で購入した複製品で、HBTリードグリーンタイプの、1941年型デザインの物になります。

 

 

開襟の状態です。

私の住む南九州ではウール製品が活躍できる期間は非常に短く、ドイツ軍装備を揃えるにあたって、野戦服はコットン製と決めていました。

ドイツ軍服の形式は「1936年型」「1940年型」「1941年型」「1942年型」「1943年型」「1944年型」と、ほとんど1年おきに更新されており種類が多いのですが、中でも最も私が好きなデザインが、1941年型です。

 

 

1941年型軍服は、1936年型軍服の襟を服と共生地にした1940年型に、補強の為ボタンを1個追加したタイプになります。

国防軍創設以来のドイツ的制服の意匠と、実戦向けの変更点が私の好きなポイントです。

軍服の内側には縦長の包帯収納ポケットがあります。

 

 

ボタン類は裏側をS型フックで固定してあり、比較的容易につけ外しできます。

 

 

階級は「伍長勤務上等兵」、日本陸軍式に言うと「兵長」ですね。

第一次世界大戦当時のアドルフ・ヒトラーと同じ階級です。(かの人はよく「伍長閣下」と呼ばれますが、正確には兵長なんですね)

 

 

右胸には国家鷲章が縫い付けられています。

武装親衛隊とはデザインも取り付け位置も違います。

 

 

袖はボタン止めできるように作られており、特に暑い時に袖をまくりやすいように出来ています。

 

 

軍服のポケットはプリーツの付いたタイプで、容量が増えるよう工夫されています。

この次の型の1942年型以降はプリーツが省略されてしまい、デザイン的にも簡素化されてしまいました。

 

 

肩章は大戦中期以降に良く見られる、フェルト製の柔らかい物です。

フチの色は兵科色で、白は歩兵になります。

 

 

肩章はループを通して取り外しできる構造です。

 

 

内装です。

基本的な作りはウール製の軍服と同じですが、防暑目的で作られているので内装は必要最小限の部分を残して省略されています。

背中などは一面内張りなしで、通気性の向上に貢献しています。

 

 

ドイツ軍服の特徴であるベルトフックも付いています。

1936年型軍服とくらべ、ベルトフックの引っ掛けベルトが簡単な作りに省略されています。

 

 

ズボンはストレートタイプで、ベルトループは無く、サスペンダーで吊るす作りです。

 

 

日本陸軍の将校用乗馬ズボンもそうですが、腰で履くのでなく、腹周りを覆うくらい、高い位置に着ます。

 

 

ウエスト周りは、サスペンダーを吊るすため、全体にボタンが多様されています。

 

 

ポケットはスリット型が2つの他、懐中時計を収める小ポケットがあり、時代を感じさせます。

 

 

ズボン背面にはベルトがあり、ウエストの微調整ができます。

切れ込みのある裁断処理等にも、時代感が出ていて面白いです。

 

 

ズボンの裾はごく普通のズボン風で、野戦服にありがちな絞り紐なども一切ありません。

 

 

帽子は「M43規格帽」、ウール製で1943年採用後、普及したのは1944年初頭以降という事で、「1944年初夏のロシア南部戦線」という設定です。

 

 

1945年の段階でも、1941年型軍服はもちろん、1936年型軍服の着用例も確認できるため、「1945年には1943年型軍服でないとおかしい!」なんて事はないようです。

 

 

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